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労働・社会参加

(1)雇用における年齢の基準

年齢による取扱いは日本では広くみられます。会社に雇われて働く人が直面するものとしては定年制がまず思い浮かびそうです。「新卒者」を採用するという慣行も、雇い入れるなら若い人、ということですから、年齢に基づく取扱いに限りなく近いものがあります。お給料の内訳をみると、年齢とともに増額される「年齢給」が支払われていることがあるかもしれません。「勤続給」も、年齢と直結はしていないにしても、長期にわたって働いている人の給与が高くなるということは、年齢が上がるにしたがって高額になりやすいということですから、年齢に関連した給与ともいえます。逆にここ20年間ぐらいの傾向として、年齢が、今度は、年齢の高い社員の給与を下げる理由として使われ出しています。定年後に再雇用された社員の給与を低くすることもありますし、定年前でもこうしたことがあります。リストラ対象として55歳以降の社員を選ぶ等の基準が用いられることもあります。

アメリカ

日本の外に目を転じると、雇用分野による年齢による扱いは「差別」として禁止される国が相当増えてきています。最初にこうした法律を入れたのはアメリカ合衆国です。国全体の法律と州ごとの法律とがあり、国全体の法律は、Age Discrimination in Employment Act、略してADEAと呼ばれます。1967年に制定された法律です。年齢を理由とする取扱いは、募集・採用、給与、解雇、どんなものでも、「年齢が上がると仕事の能力が下がるものだ」という偏見による、ということになり、原則として、禁じられます。40歳以上の人が保護対象です。

年齢差別禁止の例外がないわけではありません。企業年金において受給開始年齢を設定することなど適法とされるものもあります。法律ができた当初は、就職時の年齢差別をなくすことが目的でしたから、定年制を禁止することは想定されていませんでした。法改正を経て、現在では定年も違法になりました。定年を設けてよい職業は、航空機のパイロットなど、一定年齢未満であることがその職に就く上での不可欠な条件として求められるものだけです。日本と比較してみると、①定年制は、極めて例外的な事例でしか認められない、といってよいでしょう。

では、上でみたような、②新卒一括採用、③年齢給・勤続給、④年齢の高い社員の給与を引き下げたりリストラの対象にしたりすることは、ADEAに反する違法なものとして禁止されるのでしょうか。

まず注意を要するのは、上記④のような不利な扱いが「直接に」年齢を理由としていなければ、「結果として」年齢の高い不利に働くものであっても適法と解される可能性も相当ある、ということです。たとえば、給与額が相対的に高い社員の給与を下げるとします。給与が高い人の中には、年を重ねた、勤続年数の長い人が多い場合もあるでしょう。そうすると、年齢の高い人がより打撃を受けることになります。でも、これは、「年齢が上がると仕事の能力が下がるものだ」という偏見に満ちた取扱いとはいえません。人件費を下げるという合理的理由によるものだから違法ではない、とされるかもしれないのです。

②新卒一括採用については、そもそも、こうした慣行がアメリカにはみられないと推測されます。

③年齢給・勤続給については、これは、年齢が高いとより「有利に」働くものであって不利ではありません。こうした年長者が有利になる取扱いはADEA違反ではない、中高年齢者を保護することを目的とするのがADEAだから――合衆国最高裁はこのように判断しています。

EU

EU加盟国は、2000年に採択された指令により、年齢差別禁止法の制定を求められるようになりました。指令採択の背景には、差別禁止・平等取扱いの推進という人権保障としての趣旨もあったようですが、公的年金の財政基盤の安定のため高齢者にもっと働いてもらわなくてはという日本の政策と共通する意図もあったようです。少し異なるのは若年層の失業という課題も意識されていた点です。そのこともあり、適用対象となる年齢層が限定されているということはありません。年齢がより若いことを理由にする差別も禁止されています。対象事項が、募集・採用、労働条件、解雇等すべての取扱いに及ぶのはアメリカと同様です。

アメリカと同じように、先にみた①から④の取扱いが違法になるのかどうか、考えてみましょう。

EU指令のもとでは、年齢を理由とする取扱いは、一般に、正当な目的によるものであって、手段としてみて適切かつ必要なものであるならば、正当化され、違法でないと解釈される余地があります。年齢を「直接的」理由とする取扱いも、勤続年数のような、特定年齢層に「間接的」に不利に働く取扱いも、正当な目的によるのかどうかということと、当該取扱いが、その目的を達成するために必要でありかつ適切であるといえるのかということとがポイントになります。

この例外は、解釈しだいで、広範にも限定的にもなりそうです。まだ解釈が確立しているわけではないと思われますが、おそらく、年齢を理由とする取扱いと一口にいっても様々なものがあり、許されやすいものとそうでないものとに分かれていくのではないでしょうか。

許されやすいものの最たるものは①定年制でしょう。労働者の引退を進めてよいかどうかは、その時々の人口動態や労働市場の状況にも左右される、労働市場政策の問題でもあるからです。定年年齢が、公的年金の支給開始年齢と一致していて、かつ、労働協約で決まっているならば、EU指令に反しないと解されてきています。

上記④のような、給与の高い社員をターゲットに給与額を引き下げたりリストラしたりすることはどうでしょうか。こういった措置が結果として年長者に不利になることはあくまで「間接的な」ものですし、正当化もされやすいでしょうから、差別禁止規定に反することはあまりないでしょう。ただ一方で、各国の解雇法制のもとで、あるいは労働条件変更法理のもとでの適法性は問題になると思われます。

①新卒一括採用は、日本のような慣行があるという話は聞きません。②のうち年齢給は、年齢を理由に直接的な取扱いをするものですし、労働市場政策的な問題ともいいにくいので、違法とされる可能性が高いでしょう(この点、年齢が高いことを理由とする扱いは許される、というADEAとは異なります)。勤続給の許否は、差別禁止というより、その国の労働条件設定方式――労働協約が主なのかどうか――などの実態がポイントになると思われます。ただ差別禁止の観点からは、基本給が職務給で決まっている中で、その上乗せとしての手当てが、勤続年数5年くらいまでの間までは増額していく、というようなものであれば、許容されるのではないかと考えられます。

以上の拙文から――諸外国の法のごく簡単な素描に過ぎませんが――、「諸外国では年齢差別禁止法がある」というのは事実としても、日本で年齢差別として問題になり得るような行為を一つずつ吟味していくと、すべてが違法になると簡単にはいい切れないということをお分かり頂けたのではないかと思います。
日本において、年齢差別禁止法を導入すべきかどうかという議論に答えを出すことは簡単ではありません。しかし、年齢差別禁止法をすでに有する国であっても、年齢差別を「差別」として違法とすべきかどうかは、一般論としてはイエスといえても、個々の取扱いに焦点を当ててみればやはり即答できるわけではないのです。

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